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乙訓

京都府と大阪府の境のあたり。水無瀬から向日市あたりまで

大山崎山荘

広くはないが、このレトロな雰囲気は格別。


いつの頃からか屋内は撮影禁止になってしまった。
これらは、それ以前に撮影したもの。

岩清水八幡宮がある男山方面を望む。



この日本風の池はちょっと場違いな感じがする。




元々は加賀正太郎の山荘。ここで蘭を栽培し、木版の植物図譜『蘭花譜』を刊行するなどした。



離宮八幡神社

鳥居がないのが風格を感じさせる?

今は塀の内側なので北側八幡宮と標す必要も無いが「守護不入之所」にこの地域の独立性がうかがわれる。



嵯峨天皇が開設した河陽宮という離宮がこの近にあったので「離宮」八幡という名になった。
宇佐八幡を勧請したので八幡神社のはずだが、祭神とされている神様は八幡っぽくない。


油祖像と油商の目印?荏胡麻というシソ科の植物から油を採った。油座があり独占販売権を持って栄えたが菜種油に押されて衰退したらしい。

岩から清水が湧出た岩清水の名の発祥の井戸。従って岩清水八幡宮発祥の地のはずだが、どういう訳か淀川対岸の男山の上に岩清水八幡宮は引っ越してしまった。



岩清水八幡宮を主張している。

堂々としていて立派。




大山崎の古そうな家々。
山崎には、平安時代は河陽離宮の地に山城国府があり、淀川には山崎津(船着場)があり、山崎橋で対岸と結ばれていた交通の要衝だった。中世は油座の財力を基盤とする自治都市と繁栄した歴史を想わせる大山崎の家々。