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いさら井


広隆寺から三条通りを西へ行き、広隆寺の駐車場の角を右折し、私道で未舗装の道を北に行くと右手にある。
「いさら」とは水がさらさら流れる感じを表しているようだが、これとキリスト教を結びつける話はインターネットを検索すれば幾らでも出てくる。事の真偽は別にして、飛鳥から奈良時代頃に唐の都長安に寺院があった景教という後に異端とされたキリスト教の教派が日本にも伝わっていた可能性はありそうで、トンデモ本に流れないように研究されるべきだろう。

蛇塚古墳

嵐電の帷子ノ辻駅から大映通りに入り、すぐ南に曲がりみちなりに左折しスーパーにっさんの裏で右折、南へ下がり突き当たったら右へ行き大映京都映画撮影所に沿って左折、南下すると正面に蛇塚古墳が見えてくる。




前方後円墳の円墳の真ん中、玄室(横穴式石室などの墳墓で棺をおさめる部屋)部分だけ残っている事になる。京都市の説明板に「現在でも前方後円墳の形をとどめている」と書いてあるが、実際Googleマップの航空写真でもその輪郭は見て取れる。


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前方後円墳は円墳を北にし、方形の南端は川(西高瀬川)に面しているようだ。西高瀬川は名前の通り運河として掘られたもの。

油掛地蔵尊


京都市右京区嵯峨天龍寺油掛町30-1
地蔵と言われているが、御姿から明らかなように地蔵尊ではなくて阿弥陀如来。

長栄丸移据の由来

今は埋め立てられて児童公園の千石荘公園だが、かつては長栄丸という千石船が浮かんでいた千石池という池があったそうだ。千石荘という名の邸だったのだろうか?今も岩組が残っているが池泉回遊式日本庭園だった気配。海がない(というと丹後の府民から怒られそう)ので船舶を見る機会に乏しい京都の人に千石船の実態を知ってもらおうとは奇特な話だが、こういう人物は興味深い。京都市へ寄贈され公開されたが老朽化が進み撤去されてしまったようだ。
太秦天神川駅の南。マンション「エスリード」の南側にある。