藤澤山無量光院清浄光寺(遊行寺)
長生院(小栗堂)
小栗判官の墓と十勇士の墓
説経節の「小栗判官」は、毒殺された小栗判官が土葬から蘇生するのが清浄光寺の北の俣野村「上野が原」で、それを連れて帰り土車を用意して「この車を引くものは供養になるべし」と書いた木札を付けて一遍上人所縁の熊野に送り出すのが藤沢の遊行上人という事で、極めて時宗遊行派の色が濃い作りになっていて、長生院・清浄光寺の関与を想像させる。ただ、美濃墨俣の八幡神社や八幡神社という物語に直接関係しない神社と結びつけられているのは、そのあたりを拠点とした説教者の関与も考えられる。
照手姫の墓
左下の説明にあるように『太平記』巻第十の最後「高時並一門以下於東勝寺自害事」の自害した人々の中に南部右馬頭茂時の名も挙がっている。
中雀門