両界山横蔵寺
延暦二十年(801年)伝教大師最澄が創建したとされる。横蔵寺は,伝教大師が自作の薬師如来像を祀った寺であり,比叡山の薬師如来と同じ木から作ったと言います。横蔵の地は東山道,後の中山道の赤坂の宿から七里北に位置し,横蔵街道という巡礼道があり,一里毎に薬師を祀っていました。濃尾平野の北,両白山地帯の南,修行には良い環境と言えましょう。平安,鎌倉時代には,この辺りの本山として,学問や文化の中心として栄えました。本堂の左奥の山の頂上付近に,沢山の僧坊跡が在りますが,鎌倉時代の記録に拠れば,薬師堂,三重塔,楼門,政所をはじめ,三十八の僧坊があり,山内に百数十人の僧侶が住んでいたようです。本堂跡,仁王門跡は現在まで残っています。戦国時代には次々と寺領を侵略され,元亀の法難には織田信長にすべて取り上げられます。また比叡山再建のため,横蔵寺の薬師如来は比叡山へ移り,根本中堂の本尊となります。横蔵寺も慶長年間に再建の運びとなり,現在に至ります。
両界山横蔵寺縁起パンフレットより
山門
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華厳寺の仁王門にもあった大草鞋。
三重塔
山門を裏から見る。二階は鐘楼になっている。
本堂
欄間の彫刻がなかなか良い。
観音堂。
観音堂までが東側。西側に宝物館、瑠璃殿、舎利堂がある。
瑠璃殿は宝物殿のような建物で、本堂や山門の仁王像などを安置している。
舎利堂には1815(文化15)年頃、即身成仏した妙心上人のミイラが祀られている。
水車の動画
本堂の裏にある鎮守社。
寺門。庫裏への入口。
医王橋。神橋のように朱色で目立つ。
もともとの横蔵寺は妙法ヶ岳(666m)へ登る途中にあり、明治100年事業で作ったと書いてある「いこいの森」の散策コースに本堂跡
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