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中宮寺と法隆寺(東院)

西院から東院へ

法隆寺

法隆寺


この西院と東院を結ぶ道とそれに面した塔頭はきちんと南北に軸が合っている西院や東院の伽藍と違い、微妙に西に傾いている。
これを見て思い浮かんだのは、奈良大ブックレット03『飛鳥と斑鳩』(ナカニシヤ出版 2013年)で酒井龍一氏が提唱された「西偏二〇度」の都市計画という仮説。なぜ、西に20°傾いた軸線にしたのか、よくわからないが、若草伽藍もその軸で造られていたらしいとか。

法隆寺


中宮寺

法隆寺

国宝の菩薩半跏像で有名な尼寺で、もとはもっと東にあった。
菩薩半跏像は伝如意輪観音だが、広隆寺と同じく弥勒菩薩か?
7世紀後半の作といわれる。
昭和四十三年に完成した現在の本堂仏壇の手前左に天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)の複製がある。聖徳太子の母である穴穂部間人皇女と王妃の橘大女郎が聖徳太子の死去を悼んで作らせたという。7世紀前半の作ということになる。天寿国とは阿弥陀浄土のことと言われる。本物は奈良国立博物館に寄託してある。


法隆寺(東院)

夢殿

法隆寺

法隆寺


東院伽藍(上宮王院)は奈良時代に行信が建てたもので、夢殿には救世観音を安置している。

法隆寺

法隆寺