四天王寺とその周辺(1)
堀越神社
右下の説明に書いてあるように、聖徳太子が四天王寺建立時に四天王寺守護として創建された四天王寺七宮の一つ。祭神は蘇我馬子の指示を受けた部下により暗殺されたという崇峻天皇。聖徳太子は崇峻天皇の甥にあたる。
神仙鎮宅七十二霊符尊神
鎮宅霊符は護符の一種で家の中のあちこちに魔よけとして貼ったらしい。妙見信仰とも関連していた?
白龍社
春分の日だったからか本殿の前には勧請縄らしきもの。
本殿の向かって左奥には茶臼山稲荷社
窪津王子は天満橋辺りにあったが、この説明によると、それが四天王寺の西門鳥居そばの熊野神社へ鎮座し、更にここへ合祀されたという。熊野詣の道筋には「九十九王子」と言われる神社があり、参拝の途上にこれらで奉幣などが行われたが、休憩所の役割も果たしていたようだ。後鳥羽上皇は歌会まで催している。
坂松山一心寺
浄土宗の寺。法然が庵を結び日想観を修した場所だという。四間四面の草庵「
草庵の面影は全くなく、仁王門や三千佛堂の近代建築に唖然とさせられる。京大建築学科卒・奈良女子大教授だったという髙口恭行長老の設計。
納骨された遺骨で10年ごとにお骨佛を作るので有名な寺。
落語の『天神山』に安居神社や一心寺が登場する。ヘンチキの源兵衛は花見ではなく、石塔や塔婆見て一杯呑む墓見に行くと言って一心寺へ行く。西陣織屋清兵衛の娘「小糸」の墓石の前で飲んで、そばに転がっていた髑髏(舎利頭)を持って帰る。その夜、小糸の幽霊に女房にしてくれと頼まれ(婚姻の)盃事をする。