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龍泉寺

龍泉寺口バス停から坂道を上がる。

まず、意外にも南無大師遍照金剛とお大師様に出会う。


龍泉寺

龍泉寺


ここを左に上ると御嶽神社

 


龍泉寺

龍泉寺


 

龍泉寺が庄内川の対岸の春日井、小牧方面を見渡せる地点であることが下の地図からわかる。


龍泉寺

龍泉寺


龍泉寺

龍泉寺


弁財天

右側の門から入るのが正しいルートか。


龍泉寺

龍泉寺


松洞山大行院龍泉寺は寺伝では最澄が開き馬頭観音を本尊とした。一方、空海も熱田八剣のうち三剣をここに埋納し、熱田の奥の院といわれるという。説話集『沙石集』の「依藥師觀音利益命全事」*1に、承久の乱で後鳥羽上皇方について杙瀬くいせの戦いで敗れた尾張國山田郡の右馬允明長うまのじょうあきながのところに、一人の若い僧が龍山寺から来て死ぬなと励ましたという話が出てくる。右馬允は朝廷の馬の飼育や調教を行う官司で、左馬寮と右馬寮があり右馬允は右馬寮の大允か少允という役職になる。そういう馬関係の官職についていたのだから、「尾張國龍山寺ハ。昔龍王ノ一夜ノ中ニ。造リ供養ぜル寺也。夜アケヽレバ壍ハ。ホリサシタリトテ。當時モ其跡見ヘ侍リ。馬頭觀音ニテ。霊佛ニテ御坐。年來月詣シテ。十八日毎ニ。三十三巻ヨミテ奉リケル。」という馬頭観音とのつながりも納得できる。この龍山寺が現在の龍泉寺と寺は解釈しているようだ。名古屋城を鎮護する尾張四観音のひとつ。

龍泉寺

龍泉寺


仁王門は慶長十二年(1607)の棟札がある。

龍泉寺

龍泉寺


多宝塔は長久手の戦いで焼失し、慶長三年(1598)に再建が開始された。中には阿弥陀如来坐像が安置されている。

龍泉寺

龍泉寺


鐘楼。上がると眺めがよさそう。

龍泉寺

龍泉寺


明治三十九年(1906)放火で焼失、明治四十四年(1911)に再建。妻入りで神社っぽい建物。

「柏手を打ってお参り下さい」が面白い。


龍泉寺

龍泉寺


龍泉寺

龍泉寺


 

龍泉寺城としてこれほどの建物が築かれたとは思えないが、
宝物館である龍泉寺城と本堂裏の展望台は日曜祝祭日のみ開く。


龍泉寺

龍泉寺


龍泉寺

龍泉寺


名古屋牛馬畜産組合関係者の銅像が二体。ご本尊の馬頭観音繋がりで信仰されていたのだろう。

龍泉寺

龍泉寺


石仏もほぼすべて馬頭観音。

龍泉寺

龍泉寺


龍泉寺

龍泉寺


神明神社

神明神社

拝殿もある神明神社。


神明社と右に秋葉社

少し離れた右に津島社


神明神社

神明神社


御嶽神社

お稲荷さんのお塚つながりで霊神碑には関心があったが、こういう場所で見るとは思わなかった。

御嶽教の先達のお塚が並び立つ。福寿講という講が旧吉根村にあったらしい。

御嶽神社

御嶽神社


御嶽神社

御嶽神社


参考資料

  1. *01 国文学研究資料館所蔵和古書古典選集本文データベース(http://base1.nijl.ac.jp/~selectionfulltext/)

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