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余呉町と木之本町の野神さん

余呉町中之郷の野神さん

余呉駅の北側、中之郷の西側・東野の西側・国安集落の南側あたりは圃場整備された平野部の田が広がっている。

 
余呉町中之郷の野神

 
余呉町中之郷の野神


 
余呉町中之郷の野神

 
余呉町中之郷の野神


山裾を流れる丹生谷川に沿った旧道に面して祀られている。
余呉町中之郷の野神

下丹生に至る県道284号が通る谷を丹生谷川が流れる。
余呉町中之郷の野神


余呉町八戸の八幡神社と野神

八幡神社

 
八幡神社

 
八幡神社

 
八幡神社

 
八幡神社

 
八幡神社


冬は雪も少なくない土地なので、拝殿も本殿もしっかりとシートで被われている。
後ろめたさを感じながら覗いた。

 
八幡神社

 
八幡神社

お稲荷さん
八幡神社

 
八幡神社

 
八幡神社

薬師如来
八幡神社

薬師堂があった
八幡神社

昭和四七年八月
八幡神社

 

 
八戸


 

『余呉の野神祭』*4によると、野神祭りは
日時…八月二十四日午後一時から祭典
 内容…八戸では、主に米の豊作を祈り、「しとぎ」と呼ばれるものがお供えされることでこれは、初穂の汁(米をすりつぶし、水でねったもの)を、野の神様に一番先にささげるものです。
野神さんは、けやきの木が植えられ、大きな石がまつられてあります。そのそばに八戸の各小字から寄せられた石々もまつられています。これは、八戸区内の野が豊かであり、実り多きことを祈願し、又感謝してたて奉られています。

とある。そして八幡神社からの行列の写真が3枚掲載されており、それらを参考に祭場を探し求めた。

野神さん

正面の獣害除けフェンスのゲートから入る。
八戸の野神

麓からも大きな御幣が見える。
八戸の野神

 
八戸の野神

 
八戸の野神

 
八戸の野神


位置的にも祭場の形態からも、山ノ神だろうと思うのだが、「しとぎ」からは農業神としての野神さんの性格が窺える。

 
八戸の野神

 
八戸の野神

余呉町川並

 
余呉町川並

 
余呉町川並

 
余呉町川並

 
余呉町川並

『余呉の野神祭』*4によると、野神祭りは
日時…八月二十日ごろ
 場所…川並の野神山
 内容…野神祭とは、椿の木繁る高所の場所が神仏に関係がある。川並のお宮さんで、神事を行ない、その時に、その年の夏にとれた作物・お酒・果物・昆布・おかし・おもち・するめ・赤飯などを神に供える。その後、椿の木の繋る高所の場へ来てみなで秋の収穫を祈る。
野神は、村はずれの巨木を神宿る木として、山の神が春先に里へ移り、秋の収穫が終わるまで、この木に常在すると信じられ、病害虫や災害から逃れ無事に実りの秋を迎えたいと、先祖は神に祈りを続け、今に至っている。野神祭は、午後五時ごろから、村の役員と神主さんと一般の参列者が集まって祭典を行なう。昔は、十五才から三十才で組織されていた若い衆が中心となって祭ったという。村中総出のお祭であって、そのBは村中が仕事を休んだといわれる。

「村はずれの巨木」がどこなのかは、この文言からはわからない。

北野神社

「川並のお宮さん」
余呉町川並北野神社

 
余呉町川並北野神社

 
余呉町川並北野神社

 
余呉町川並北野神社

滋賀県神社庁の説明では、稲荷社の地に北野社が移ってきたらしい。
余呉町川並北野神社

そして稲荷社は境内社にされてしまった。
余呉町川並北野神社

拝殿
余呉町川並北野神社

本殿
余呉町川並北野神社

滋賀県神社庁*5の由緒には、桐畑太夫・羽衣伝説・菅原道真が絡んでいる

 
余呉町川並北野神社

 
余呉町川並北野神社

(たぶん)新羅崎神社で、祭神はアメノヒボコ
余呉町川並北野神社

(『記』は「天之日矛」、『紀』は「天日槍」)のはず。
余呉町川並北野神社

蛇の目玉石の山側が旧地のようだ。
余呉町川並北野神社

「高台」だ。
余呉町川並北野神社

 
余呉町川並

 
余呉町川並

 

 
余呉町川並

山ノ神?
余呉町川並

余呉町川並

引用文献・参考資料
  1. *04 『余呉の野神祭』余呉町立鏡岡中学校(平成十一年度ふるさと研究資料第二十九集)鏡岡中学校 1999
  2. *05 http://www.shiga-jinjacho.jp/ycBBS/Board.cgi/02_jinja_db/db/ycDB_02jinja-pc-detail.html?mode:view=1&view:oid=1270 2020.03.23 確認

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