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御園

河桁御河辺神社(三河部大明神)

 
河桁御河辺神社

 
河桁御河辺神社

 
河桁御河辺神社

 
河桁御河辺神社

河桁御河辺神社


 

 
河桁御河辺神社

 
河桁御河辺神社

 
河桁御河辺神社

 
河桁御河辺神社

 
河桁御河辺神社

 
河桁御河辺神社

拝殿
河桁御河辺神社

拝殿
河桁御河辺神社

本殿
河桁御河辺神社

本殿
河桁御河辺神社

 
河桁御河辺神社

 
河桁御河辺神社

エビス
河桁御河辺神社

子守神社
河桁御河辺神社

日吉三宮
河桁御河辺神社

竈處神社
河桁御河辺神社

伊勢神宮
河桁御河辺神社

不明だが大切そうなカミ
河桁御河辺神社

疣地蔵尊

 
疣地蔵尊

 
疣地蔵尊

 
疣地蔵尊

 
疣地蔵尊

  疣地蔵尊由来
平安時代に柿御園が近衛領と成り京の都吉田神社某が供米を作る神田を設けるべく当村の西側黒い良質土の土地を探し当て水を引く工事がなされ狛井のトナリに吉田井を掘りその工事中に川底になる所から大きな石が出ました。これを当村一番の力持ちの茂助が一人で運び出しその形の良きを見て地蔵様として祀り一生懸命お参りしますと幼い頃から茂助の全身にあった疣がすべて除れ醜くかった彼は美しい立派な成年に成りました。これを知った近隣の人達も多く参拝され疣取り地蔵と呼ぶ様に成り側に流れる川を吉田川と名付供米を作る神田(しんでん)が有る事から村を神田(じんでん)と名付米作り周辺一帯を都で一番賑やかだった三條の名を用い三條町と名付ました。
  疣取りお参りの仕方
社(やしろ)内のゴマ石を一個持ち帰り毎朝お茶を供えイボを石でさすり疣□様お願いします。全快したら石は隣の吉田川に流します。御礼は北を流れる愛知川から三個お返しします。
右は昔から語り継がれて来た疣地蔵尊の由□□□覚え書きしたものです。
北組地□□

愛知川と右岸

御河辺橋から下流方向の眺め
愛知川

御河辺橋からの河桁御河辺神社の森の眺め
愛知川

御河辺橋東詰堤防上の地蔵堂
愛知川

左たが、右高野
愛知川

左(右?)八日市、右(左?)ゑ知かハ
愛知川

 
愛知川

 
愛知川

 
愛知川

 
愛知川

 
愛知川

建部境町の野神

近世村の村域を残すこの辺りの町は、東西に細長い町域を持つ。建部境(堺)町の東端は愛知川右岸(東側)堤防あたりで、野神さんは堤防の川裏(水が流れる側の反対側)すぐに祀られている。ちょうど「すこやかの杜」のグラウンドと野球場の間で、ここはかつてはちょっとした公園があったようで、その堤防麓の林の中に石碑が見える。

 
建部境町の野神

 
建部境町の野神

今は草っ原という場所。
建部境町の野神

 
建部境町の野神

 
建部境町の野神

 
建部境町の野神

 
建部境町の野神

 
建部境町の野神

 
建部境町の野神

 
建部境町の野神

建部境町の山ノ神

建部境町の山ノ神は野神さんと正反対の町域の西端に祀られている。新興住宅地という風情の整備された街路に面しており、この景観からは何故ここに山ノ神が祀られているのか理解しがたい。最寄りの延命公園がある山までは直線で1㎞くらいある。すぐ東側には耕地が広がり、市街地の端だということがわかる。

 
建部境町の山ノ神

 
建部境町の山ノ神

同じ敷地にある地蔵堂
建部境町の山ノ神

 
建部境町の山ノ神

 
建部境町の山ノ神

 
建部境町の山ノ神

山之神
建部境町の山ノ神

 
建部境町の山ノ神

 
建部境町の山ノ神

 
建部境町の山ノ神

 
建部境町の山ノ神

南へ250m行くと法務局前交差点で市役所など八日市の中心部に出る。
建部境町の山ノ神

参考史料:
  1. *01 滋賀県教育委員会文化財保護課編『滋賀県の自然神信仰 滋賀県自然神信仰調査報告書(平成一四年度~平成一九年度)』滋賀県教育委員会 2007
  2. *02 「八日市いきものふれあいの里 河辺いきものの森」(http://www.city.higashiomi.shiga.jp/0000000120.html 2018.11現在)

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