滋賀里から山中越へ
京都の「北白川」バス停で今出川通から分かれて志賀越道が始まるが、その反対側の一方の端が、ここになる。
ほぼ京都府道・滋賀県道30号だが、30号線は、京都側は御蔭通-北白川別当町-北白川仕伏町、滋賀県側は山中越となって西大津バイパスの南志賀ランプに出る。
京都側の石仏は、ここを参照。
百穴古墳群
左の説明文は以下のとおりです。
中学生あたりを対象としたと思われ、平易だが特徴はきちんと書いてある。
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志賀の大仏
石仏の背後。
ここにも何か彫ってある感じもするが読み取れない。
阿弥陀如来像のはずですが…。
一行山稱念寺は地元・滋賀里にある浄土宗寺院。
崇福寺跡
大津京の鎮護の為に大津遷都翌年(668年)に天智天皇勅願で建てられたとか。(歴史的には、壬申の乱でその甲斐はなかった…)
北尾根からは弥勒堂、中尾根から小金堂、塔、南尾根から金堂、講堂跡が見付かった。
中尾根の塔の芯柱の礎石(心礎)の側面にあけられた舎利孔から舎利容器が発見されたのが有名。
南尾根の遺跡は桓武天皇の勅願で建立された梵釈寺(ぼんしゃくじ)跡とする説が有力。
天台宗山門(延暦寺)と寺門(三井寺)の争いに巻き込まれたりして、鎌倉時代末か室町時代初めに廃寺となったらしい。
雪のため金堂跡にしか行かずに終わった。
ここは金堂跡なので梵釈寺の跡かな?