大津のスナップ(2)
大津の町、と言っても、東は石場から西は大門通・観音寺までのあたりだろうか、かつての「大津百町」の範囲にほぼ相当するあたりは、さすがに懐かしい雰囲気が残っている。その空気の厚さは京都市内の町家が残っている地域に勝るものがある。
しかし、着実に破壊され、再開発されていて、絶滅危惧種であることは間違いない。
プライベートな空間に入り込んで写真を撮っているのは、正直なところ、失礼な行為をしているという思いを断ち切れないが、それでも、この好きな眺めと雰囲気をなんとか写真で残すことができればと思う。
大津のこの旧市街は、大雑把に言って西(より正確には北西)が下町、東(東南)は山の手という雰囲気がある。
従って長等3丁目あたりの周辺が一番下町風の濃密な雰囲気を感じさせる。
ただし、現在の湖岸一帯は埋立地なので、こういう分け方は成り立たない。
一部に町家の活用を図っている努力も見られるが、京都の様に和風カフェやレストランでは、集客は難しそうだし、答えを持ちあわせてはいないが、何か別の発想が要求されていると思う。
洋館風建物として有名な石田歯科医院。昭和12年築という。
こういう路地があちこちにあるわけではない。選んで撮影している。それでも密度は高い方だろうか。
長等の日野餅さん。屋根の上に突き出した煙出とその隣には細い煙突も見える。
この建物あたりが一番ディープな場所。長等3丁目あたりの旧柴屋町は花街・遊郭だったそうで。
井原西鶴の『日本永代蔵』巻ニ「怪我の冬神鳴」に近年、問屋町長者の如く、家造り昔に変り、二階に撥音やさしく、柴屋町より
などという江戸時代の大津の景気の良い描写が出ている。
大津絵民芸房
ここは、大津市伝統芸能会館の向かい。
五軒あるが、右から二番目・三番目だけつながっている。