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瑞応山大報恩寺(千本釈迦堂)

千本釈迦堂

千本釈迦堂


本堂に向かって左側にある北野経王堂願成就寺の名残。
元の願成就寺は現在の北野天満宮前交差点の北西角、紙屋川通りの北側の緑地のあたりにあったと思われる。

千本釈迦堂

千本釈迦堂


千本釈迦堂

千本釈迦堂


千本釈迦堂

千本釈迦堂


千本釈迦堂

12月上旬に、ここの大根焚きが報じられると年末を実感する。
鎌倉時代、安貞元年(1227年)に建てられた本堂は「洛中」最古の建造物と言われる。
但し、東寺の宝蔵は平安時代の建物。
このお寺の霊宝殿にある快慶等による釈迦十大弟子像や(肥後別当)定慶作の木造六観音像が好きなので時々訪れる。同じ慶派だが作風は対照的。しかしどちらも素晴らしい。但し館内は撮影禁止なので、このページに写真はない。寺のWebサイトの「寺宝・文化財」が充実している。


 

本尊の釈迦如来坐像は行快の作。行快は快慶の弟子。
本堂内陣の四天柱の彩色がよく残っている。


千本釈迦堂

千本釈迦堂


承久三年(1221年)義空が開山。真言宗智山派(総本山は東山七条の智積院で根来寺の新義真言宗系統)に属する。義空は承安元年(1171年)に生まれで、奥州藤原氏の三代目秀衡の孫だという。(父は誰だろう?三男の藤原忠衡?忠衡の妻は佐藤基治の娘小笹で、薬師如来を信仰し出家して妙幸比丘尼となったという話が『大日本仏教全書本朝高僧伝』に所収の「京兆大報恩寺沙門義空伝」にあるらしいが…未確認です。)


千本釈迦堂

千本釈迦堂


千本釈迦堂

千本釈迦堂


千本釈迦堂

千本釈迦堂


千本釈迦堂

本堂北西にある千体地蔵塔。


千本釈迦堂

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