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仰木

「レークピア大津仰木の里」というURが造成した分譲住宅地の西側斜面を登ると千年以上遡れる歴史を持つ仰木の集落がある。仰木の里から坂を上がり仰木の集落に入ると、分譲住宅地の空間と、それとは全く異なる歴史空間が接触して、その間に断層の崖が生じているような感覚に襲われる。仰木は北に下った天神川・大倉川流域の棚田で知られている。
仰木は上仰木、辻ヶ下、平尾、下仰木の四集落から成っているが、各集落の居住地域は尾根部に連なっているので、全体で大きな集落のような形態になっている。


仰木からの琵琶湖の眺望。湖西線には東に下った「おごと温泉駅」が近いが、歴史的・地理的に堅田と横川の中継点にあたり、堅田との結びつきが強い。

仰木

仰木


仰木

仰木の地名の由来。
一般的には左の説明の後者、横川の霊木を仰ぎ見ることから名付けられたという説明が多い。仰木から玉体杉は見えないだろうが、仰木峠の一本杉は仰木からはっきりと見える。


十王堂

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仰木

東光寺の飛び地境内だが下仰木の人々が守っているという感じのお堂。閻魔大王他の十王と阿弥陀如来を安置する。



仰木

村の鍛冶屋のお仕事は今時貴重。


光明山真迎寺

『往生要集』を書いたことで知られる恵心僧都源信を開基とする天台寺院。入って左に源満仲の念持仏だったという薬師如来を祀る薬師堂、右に元三大師堂がある。能に「満仲」(流派によっては「仲光」)があるが、ここにも恵心僧都が登場する。多田源氏の祖である源満仲は源信に帰依し、仰木太鼓会館のすぐ北の御所之山公園に居館を構えていたと言い伝えられている。

 

元三大師堂


仰木

仰木


仰木

「御誕生會」
「おたんじょうかい」ではありません。
慈恵大師(元三大師)良源は、旧暦の延喜十二年九月三日に生まれたとされる。源信は良源の下で学んだという。


辻ヶ下の地蔵堂

真迎寺の飛地境内だが辻ヶ下の人々が守っているという感じのお堂。木造地蔵菩薩立像(延命地蔵)は国の重文。

仰木

仰木


仰木

 


上仰木の墓地

恵心僧都源信の自作とする六地蔵を祀るお堂。

 


仰木

仰木



仰木

五社ノ塚