Up
Down
Return

愛知川中流の野神と山の神

「野神さん」や「山の神さん」が祀られている地域は、古代には条里制、平安・鎌倉時代に荘園が開発・経営された愛知川中流の沖積平野で、一部は扇状地の扇端部にかかっている。

五個荘宮荘の野神さん

五個荘宮荘

五個荘宮荘


宮荘の五個神社前の道をまっすぐ西へ行き、宮荘川手前で左に曲がる。宮荘川がクランク状に曲がっている角にある。
集落から見ると、田の中に浮かんだ緑の島という感じがする。
宮荘の野神は宮荘川に接する所にあり、この周辺はミズタと呼ばれる湿田地帯で非常に水はけが悪いところである。ご神体は注連縄のまかれた桜の大木であったが、現在では小祠に祀られている。*1
祭礼は8月7日の夕方に行われる。


五個荘宮荘

五個荘宮荘


小字「上野神」、「下野神」がこの位置にあたり、昔からこの位置に祀られていたと考えられる。

五個荘宮荘

五個荘宮荘


五個荘小幡・厳島神社の野神さん

小幡の野神さん

小幡の野神さん


小幡の野神さんは、現在では厳島神社の境内にあるが、昔は愛知川の河原に位置していたという。*2
この松が野神さん(の名残?)らしい。8月7日に野神行事が行なわれるという(2014年の調査)。*3

小幡の野神さん

小幡の野神さん


神社の左には、芭蕉「八九間 空で雨降る 柳かな」と
市河公風という人の「果寿美かと 思ふほどなり 初霞」の句碑。

小幡の野神さん

小幡の野神さん


句碑の左隣には、煉瓦造りの煙突付き一部煉瓦造りの不思議な建物。

小幡の野神さん

小幡の野神さん


五個荘山本町・石塚の野神さん

小石を盛ったマウンドの隅の木の根元に立てかけた木標には「奉敬御野神御寶前 山本村/石塚村」と書いてある。
祭礼は8月7日に近い日曜日。*4

山本町・石塚の野神

山本町・石塚の野神


山本町・石塚の野神

山本町・石塚の野神


山本町・石塚の野神

ここからは繖山がきれいな三角形(コニーデ型と言われていた)に見える。
もとは新堂も祭礼に入り三ヶ村で行っていたが、新堂は抜けた。


木流きながせの野神さん

もとは愛知川河川敷の松の大木に祀られていたが枯れてしまい、その後ここに石碑が建てられた。祭礼は8月7日に近い日曜日。*5

木流の野神さん

木流の野神さん


この石碑は平成十年八月建立

木流の野神さん

木流の野神さん


五個荘木流にある苗村神社。

 


木流の苗村神社

木流の苗村神社


五個荘平阪の野神さん

平阪の野神さん

苗村神社御旅所の広場の東端、川際のこれらの石だと思われる。限りなく愛知川右岸の山の神さんに近い。
平阪の野神さんのご神体はニワカガミサンともいわれる神社内の石*6
祭礼は8月7日。*7


平阪の野神さん

平阪の野神さん


平阪の野神さん

川の対岸からの眺め。


五個荘新堂町若宮神社の野神さん

新堂町の今昔
明治一三年の『物産誌』では、人口三六七人、戸数九〇を数える。そのうち農家は五三、職人三、商家三四となっている。商家は、呉服・太物・米殼などで、東京・大阪・名古屋などに出店するものもいた。農家の副業は、麻織物、編笠など。 山本村の花川集落と新堂村字花川とは連続していて、花川村の存在が若宮神社の渡り鉦に見える。山本村の山林に二三ヘクタールほどの新堂共有林を保有している。 平成一六年一二月一日現在の人口は二四八人、戸数七一となっている。*7

 
新堂若宮神社

石仏が祀られている。
新堂若宮神社

 
新堂若宮神社

 
新堂若宮神社

大日堂の大日如来坐像と大般若経講讃の説明板
新堂若宮神社

右が若宮神社拝殿、左やや奥に大日堂
新堂若宮神社

祭神不明
新堂若宮神社

庚申塚
新堂若宮神社

 
新堂若宮神社


『五個荘町史 第四巻(3)民俗』77頁に、新堂のイモチオクりは八月七日の午後三時頃に山本の野神さんに着くように出発する。太鼓・鉦・松明をもち、野神に着くとお神酒とエンドウ豆の炊いたものを供えて帰ってくるというものであるが、野神では山本・石塚と合流し、これら両村ではこれを野神祭りと呼んでいる。という記述があるが、同書79頁からには戦後になってイモチオクリとして参加していた新堂か脱退したという。と書いてある。イモチオクりは虫送り行事。

主祭神はオオヤマクイとオオナムチ

 
新堂若宮神社

 
新堂若宮神社

 
新堂若宮神社

 
新堂若宮神社

 
新堂若宮神社

 
新堂若宮神社

滋賀県神社庁のウェブサイトによると、境内社として八阪神社、岩上神社、野神神社が載っている。八阪神社はスサノヲー牛頭天王だろうが、岩上神社の祭神はわからない。これら二柱を祀っているのだろうが、どちらがどちら? 境内には、鳥居左の小社も含めると境内社は四社ある。

 
新堂若宮神社

 
新堂若宮神社

 
新堂若宮神社

 
新堂若宮神社

 
新堂若宮神社

 
新堂若宮神社

大日堂
大日堂

 
大日堂

大日如来坐像は、古く室町時代作と伝えられています。大日堂では、毎年一月と五月に三百巻づつ計六百巻の経典(大般若経)を講讃し、物故者への供養と町内の安全を祈願しております。

五個荘奥町の野神さん

五個荘奥町の野神さんは愛知川右岸(東側)に祀られている。愛知川中流(扇状地上)左岸に面したほぼ総ての村(現在は五個荘○○町とか建部○○町となっている)は、右岸に村域を持っている。五個荘奥町の野神さんの位置は近世からほぼ変わっていないのではないかと思われる。

八千代橋東詰から堤防上の道を北へ歩く。
五個荘奥町の野神

堤防から少し下りこの茂みに入る。一応、道はある。
五個荘奥町の野神

途中まではクルマの轍跡もある。
五個荘奥町の野神

河辺林の景観
五個荘奥町の野神

町域の南東角を目指す。
五個荘奥町の野神

少し上がった所に石碑が見える。
五個荘奥町の野神

東側には建設資材などの企業が並ぶ。
五個荘奥町の野神

 
五個荘奥町の野神

奥町の一番地。昔は松の木があった。
五個荘奥町の野神

 
五個荘奥町の野神

参考史料:
  1. *01 五個荘町史編さん委員会/編『五個荘町史 第四巻(3)民俗』五個荘町役場 1993 80頁
  1. *02 五個荘町史編さん委員会/編『五個荘町史 第四巻(3)民俗』五個荘町役場 1993 81頁
  1. *03 滋賀県教育委員会文化財保護課編『滋賀県の自然神信仰 滋賀県自然神信仰調査報告書(平成一四年度~平成一九年度)』滋賀県教育委員会 2007
  1. *04 滋賀県教育委員会文化財保護課編『滋賀県の自然神信仰 滋賀県自然神信仰調査報告書(平成一四年度~平成一九年度)』滋賀県教育委員会 2007
  1. *05 滋賀県教育委員会文化財保護課編『滋賀県の自然神信仰 滋賀県自然神信仰調査報告書(平成一四年度~平成一九年度)』滋賀県教育委員会 2007
  1. *06 五個荘町史編さん委員会/編『五個荘町史 第四巻(3)民俗』五個荘町役場 1993 80頁
  1. *07 『五個荘地区まちづくり情報誌 GO!まち協 2015-1 Ni.53』五個荘地区まちづくり協議会/編・発行 2015

戻る