北野から西陣のあたり
平野神社
桜で有名だが、お花見シーズンより遅めに行っても八重桜などが見事。藤原仲麻呂の乱で一旦荒廃したらしい平城京の藤原南家の邸宅「田村第」跡に造られた田村後宮に今木神が祀られ、平安遷都に伴い遷座したのが平野神社という。
上七軒歌舞練場
北野をどりの会場は木造で明治・大正の雰囲気。
大将軍八神社
「大将軍八神社のWebサイト」には 星回りのページがある。
大将軍は陰陽道で方位の吉凶を司る八将軍の一人で、平安京遷都に際して内裏鎮護のため都の四方に創建された大将軍神社の内、乾(北西)を守護する。八将軍を牛頭天王の八王子とする見方もあった。元々は星辰信仰での宵の明星(金星)の神格化だが、凶神としての大将軍は三年周期で方位を変える。その方角は「三年塞がり」とされる。しかし疫病が外部から侵入するのを防ぐともされ、集落に大将軍の祠を見ることがある。
東山三条近くに東三条大将軍神社がある。
釘抜地蔵(家隆山光明遍照院石像寺)
2012年3月
空海が開基した真言宗寺院だったが、重源が中興して浄土宗になったという寺伝だという。
恐らく右上の京都市の案内板に書いてある「苦抜地蔵」変じて「釘抜地蔵」が正しいのだろうけれど、中は釘抜きだらけ。
現役の井戸。
観音堂(大師堂)。
絵馬堂兼休憩所のような建物の周りには釘と釘抜きだけでなく絵馬がずらっと並んで掛けてある。
地蔵堂の裏の阿弥陀堂。上の京都市の案内板によると阿弥陀三尊像は重文。
その他。石仏が前列にずらりと並んでいる。
阿弥陀三尊像の右隣に遠慮がちに立っているお地蔵さん。
阿弥陀三尊像の左隣に遠慮がちに座っているお地蔵さん(多分)。
地蔵堂の奥、阿弥陀堂の左には別の釘抜地蔵?
阿弥陀堂の右には玉姫明神。ここの鎮守社?