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阿波の野神

阿波市阿波町野神の大センダン

徳島県で「野神」というと、国の天然記念物であるこの「野神の大センダン」がうかぶ。しかし、この「野神」は地名であり、この辺りに野神というカミが祀られていたと推測されるが、それがここであるとは断じられない。徳島県各地の野神は「野神社」となってしまっている。ここが野神が祀られていた場所だとすると、この大センダンだけだったのか、何か他にもあったのか、神社化以前の姿を求めたくなるのだが、その手がかりは得られない。

阿波市阿波町野神3-1
野神の大センダン

 
野神の大センダン

野神の大センダン

 
野神の大センダン

 
野神の大センダン

 
野神の大センダン

 
野神の大センダン

 
野神の大センダン

 
野神の大センダン

板野郡板野町羅漢の野神

 
板野町羅漢の野神


四国八十八箇所霊場第五番札所地蔵寺がある羅漢の中心居住地域からは東に偏っているが、村境という場所でもない。

 
板野町羅漢の野神

 
板野町羅漢の野神

 
板野町羅漢の野神

 
板野町羅漢の野神

板野郡板野町黒谷の山神社

羅漢から四国霊場第4番札所大日寺への途中にある。
板野町黒谷の山神社

登山道の入り口で、いかにも山の口という地点。
板野町黒谷の山神社

 
板野町黒谷の山神社

 
板野町黒谷の山神社

 
板野町黒谷の山神社

 
板野町黒谷の山神社

板野町黒谷の山神社


 

名西郡石井町高川原桜間の野槌神社

 
石井町高川原桜間の野槌神社

 
石井町高川原桜間の野槌神社

 
石井町高川原桜間の野槌神社

 
石井町高川原桜間の野槌神社

 
石井町高川原桜間の野槌神社

飯尾川対岸の桜間神社と相対する方向を向いている。
石井町高川原桜間の野槌神社

 
石井町高川原桜間の野槌神社

 
石井町高川原桜間の野槌神社

石井町高川原桜間の野槌神社


『古事記』の神産みの部分で次生風神・名志那都比古神此神名以音、次生木神・名久久能智神此神名以音、次生山神・名大山上津見神、次生野神・名鹿屋野比賣神、亦名謂野椎神。と鹿屋野比賣神、別名は野椎神という野神を生んだとあり、野槌神は野神である。『日本書紀』では、次生海、次生川、次生山、次生木祖句句廼馳、次生草祖草野姬、亦名野槌。と草の祖である草野姬とされている。
名西郡石井町高川原桜間の北端、徳島市国府町芝原南芝原との境近くに祀られている。

名西郡石井町浦庄諏訪の野神社

旧諏訪村(→浦庄村→石井町)は飯尾川が西→北→東と蛇行する間に挟まれた地域で、野神社は住居地域の北にある。
周囲よりやや高いが、洪水に曝されそうだった場所。

 
石井町浦庄諏訪の野神社

 
石井町浦庄諏訪の野神社

 
石井町浦庄諏訪の野神社

 
石井町浦庄諏訪の野神社

 
石井町浦庄諏訪の野神社

 
石井町浦庄諏訪の野神社

 
石井町浦庄諏訪の野神社

相撲の土俵
石井町浦庄諏訪の野神社

社殿背後・北側の鳥居
石井町浦庄諏訪の野神社

 
石井町浦庄諏訪の野神社

 
石井町浦庄諏訪の野神社

 
石井町浦庄諏訪の野神社

石井町浦庄諏訪の野神社


本殿の裏側に石鳥居があり、かつては北側が正面だったのだろう。そして社殿の背後の塚の上に何か構築物が有り、その脇に今は枯死し切り株だけが残っている巨木があったのではないだろうか。それが後に、南側の道路から詣るように南面するように社殿が立て直され、境内も整備されたように思われる。

名西郡石井町浦庄国実の野神社

 
石井町浦庄国実の野神社

 
石井町浦庄国実の野神社

JR徳島線下浦駅の北、飯尾川を渡った左岸。飯尾川を挟んで諏訪の南東部と接する。
浦庄諏訪の野神社以上に水害に遭いそうだった場所。

 
石井町浦庄国実の野神社

 
石井町浦庄国実の野神社

 
石井町浦庄国実の野神社

飯尾川の橋から望む。
石井町浦庄国実の野神社