Up
Down
Return

五個荘


五個荘金堂
五個荘宮荘
愛知川中流の野神と山の神




「太神宮」と書いてある中山道愛知川渡しの常夜燈「睨み灯篭」。
対岸の愛荘町愛知川宿のものと対になる。


小幡神社の五個荘小幡御旅所の向かい側にある、
「一博」という酒を造る中澤酒造


一博


五個荘小幡町の共同墓地(サンマイ)

サンマイ

サンマイ


 


サンマイ

巨木の下に石塔が見える。


サンマイ


サンマイ

この辺りでは珍しい巨木を見て近寄ってみた。
政岡伸洋「墓のかたちと民俗 近江湖東の両墓制と墓地旧友の背景」*1が、この共同墓地・郷墓ごうばかについて論述している。
それによると、ここは両墓制の埋葬墓地で、小幡、木流、三俣、中、五位田、竜田の共同墓地だという。昭和五四年(1979)に旧五箇荘町営の火葬場ができるまでは、ここに土葬されていた。その後も火葬された骨をここに埋めていたようだが、現時点(2016)の実情は不明。墓地の西側の土手が、かつての愛知川の堤防で、この墓地は左岸堤防の川側・河川敷にあったという。確かに南から流れてきた愛知川はここでやや北北西に曲がり、墓地の東を通っている県道52号線の東は河川敷だったようで、砕砂・砕石工場がある。
左写真の六地蔵には宝永六年(1709)の銘があるという。


サンマイ

サンマイ


小幡神社の五個荘中の御旅所

中の野神さんも(五個荘町小幡と同様に五個荘町中も-註:引用者)昔は愛知川の対岸にあったが、現在では小幡神社の御旅所であるレッケイズ(列見所)の神木をご神体としている。(五個荘町史編さん委員会/編『五個荘町史 第四巻(3)民俗』五個荘町役場 1993 81頁)
どの木のことなのかわからないが……

小幡神社御旅所

小幡神社御旅所


小幡神社御旅所向かい、近江鉄道踏切近くの歌碑
旧跡 轟橋 夫木集「霰降り 玉ゆりすへて 見るばかり しばしな踏みそ とどろきの橋」と書いてあるが、この橋は轟橋?…
『夫木抄』にこういう歌は入っている?安土町東老蘇に轟橋があるが…

五個荘中

五個荘中


中の小幡神社

近江の集落と言えば、中心あたりに真宗寺院の巨大な屋根が目立つが、五個荘では立派な神社も目につく。

東本殿と西本殿があり、様々な神様が祀られている。

五個荘中

五個荘中


西本殿の拝殿

簡単に言えば西本殿は八幡神


五個荘中

五個荘中


五個荘中

西本殿や拝殿の建物は東本殿に比べて新しい。


森光稲荷

五個荘中

五個荘中


五個荘中

五個荘中


簡単に言えば東本殿は春日神

五個荘中

五個荘中


東本殿の拝殿

五個荘中

五個荘中


五個荘中

両側に狛犬がいるが、東本殿と西本殿の間を入った奥は妙に広い空地で、かつては何かの本殿があったのではないかと想像させる。


五個荘中

神社と道を隔てた斜め前には地蔵堂。昔は路傍にあったと思われる石仏が室内にも並べられている。


竜田の龍田神社

右下の由緒によると、この村の遠祖位田氏が霊夢により大国主命を鎮守の神として勧請したのが始りという。嘉応二年五柱を勧請し合祀し豪華メンバーとなった。

五個荘竜田

五個荘竜田


五個荘竜田

五個荘竜田


旧五個荘郵便局


龍田神社御旅所

ややこしい変遷が記してあるが、「小字三本木」の名のとおり、三本の木が並んでいる。



川並の結神社むすびじんじゃ

五個荘川並

五個荘川並


五個荘川並

五個荘川並


五個荘川並

五個荘川並


五個荘川並

五個荘川並


祭神は誉田別命=応神天皇=八幡神

五個荘川並

五個荘川並


五個荘川並

遷座百年(昭和三十二年(1957年))・百五十年(平成十六年(2004年))記念の石柱が立っているが計算が合わない。
遷座百年紀念樹の植樹が遅れたのか?、百五十年祭を5年早く行われたのか…
各集落ごとに立派な神社があるが、この結神社は19世紀半ばにここへ遷座したにしても、長い参道の左右を覆うような樹木がないこともあり格別な規模だと感じさせる。
往昔川島・忍壁皇子の二皇子が壬申の乱を避けこの川並の郷におはしたという左上写真の「御由緒」の話は面白い。


参道右手にある環稲荷社

五個荘川並

五個荘川並


 


五個荘川並

神社北側の空地には何かがあった気配。


五個荘川並


奥村神社

五箇荘奥町は、愛知川左岸に面した集落。奥村神社の主祭神はスサノヲなので、昔は牛頭天王社だったのだろう。4月に行われる建部祭宵宮での大高張り提灯(大提灯)渡御で知られる。高さが3.5mある大提灯が苗村神社まで練り歩く。
野神祭が行なわれている/行なわれていた?らしいが、*2には記載されていない。

奥村神社

奥村神社


奥村神社

奥村神社


愛知川の対岸(右岸・北側)になりますが、

東近江市南清水の神明神社

御由緒はどうも不明。
祭神はアマテラスで間違いないはず。


鐘楼

拝殿



社殿は国の登録有形文化財に指定されている。「文化遺産オンライン」の該当ページによると、1790年築で三間社春日造の社殿建築。身舎柱は欅材で間口3間奥行2間の一室とし,正側面に縁を巡らし,正面には1間の向唐破風を設ける。組物は出三斗とし,軒は二軒繁垂木,背面妻は豕扠首組,屋根は銅板葺である。町内唯一の三間社春日造の近世遺構として貴重である。(http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195139 2015/11/26)



神明神社右隣の広場は日光寺跡



東近江市大清水の大山咋神社



大清水の山の神さん


参考資料

  1. *01 八木透編『フィールドから学ぶ民俗学』昭和堂 2000 所収

戻る