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東福寺から伏見稲荷大社へ

光明院

東福寺塔頭。明徳二年(1391年)金山明昶(きんざんみんしょう)が開創。石段の下には「摩利支尊天」の石柱が建っていて、期待して入ったが、の姿もなく、地味な摩利支天堂だった。

光明院

光明院


方丈庭園は「波心の庭」と言われ重森三玲の作庭。紅葉の名所の一つだろうが、紅葉するのは庭園周囲の木々で、この庭は当然紅葉しない。

光明院


俊成、明兆墓地

墓地の一番奥の塀に囲まれた部分にある。入って左に五輪塔が二つあり、右の大きい方が藤原俊成、左の小さい方は浄如尼という藤原氏の女性の墓と言われる。入って正面の横長い石は南明院を開山した東福寺第百十一世業仲明紹(ぎょうちゅうめいしょう)の墓、右側の石は吉山明兆(きつさんみんちょう)という東福寺にいた画僧の墓という。

俊成、明兆墓地

俊成、明兆墓地


俊成、明兆墓地

俊成、明兆墓地


俊成、明兆墓地

俊成、明兆墓地


田中神社

伏見稲荷大社の五祭神に取り込まれているが、本来は稲荷山の荒神峰田中社(権太夫大神)が山宮で、ここが里宮という関係だったのではないだろうか?


田中神社

田中神社


田中神社

田中神社


伏見人形の老舗「丹嘉」
鍾馗さんの代わりに七福神かと思って数えたが、弁天様がいない?

丹嘉


弓矢八幡宮

伏見稲荷大社とは別の宗教法人。伏見区深草開土町

弓矢八幡

弓矢八幡